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技能とデジタルの交差点

公開日:2026年7月7日

製造業では、人材不足やベテラン社員の退職を背景に、技能伝承や力量管理の重要性がますます高まっています。
一方で、熟練者が持つ能力の中には、作業手順や教育資料だけでは表現しきれない「見えない能力」も少なくありません。
では、企業はこうした「見えない能力」をどのように捉え、活用していけばよいのでしょうか。

1. はじめに

筆者は以前、「暗黙知とは?」と題する論考において、こうした見えない能力の特質について一定の整理を試みました。本稿ではその議論を踏まえつつ、企業活動における「見えない能力」がいかなる意味を持ち、どのように把握・活用され得るのかについて、改めて検討していきます。とりわけ、力量管理の実務において、可視化可能な能力と可視化困難な能力をいかに統合的に捉えるべきかという点に焦点を当て、考察を進めていきます。

暗黙知について
以前のブログより、暗黙知についておさらいします。

 暗黙知やスキル(skill)といった把握困難な知識の議論は、企業の知識創造に留まらず様々な領域でおこなわれてきました。その一つが、手工業に代表される伝統産業や芸道における議論です。素晴らしい感動を与える熟練者の演舞や演奏は、素人が外見上の動作を真似ても感動を与えるに至りません。そこには表現困難な「何かの違い」が存在し、その何かがスキルや技と呼ばれます。

 熟練者のもつ高度な能力は、マイケル・ポランニー(1966)が「我々は語ることができるより多くのことを知ることができる」と述べているように、無意識に保持された多くの「知っていること」によって形成されています。また、高度な熟練作業においては、脳神経系および筋神経系の情報処理プロセスが関与しており、人間の意識が直接的に統制していない筋肉の動きが重要な役割を果たします(例えば、精密加工やカーブの投球動作など)。もっとも、営業人材や技術人材の業務においては、このような身体的熟練に依拠する部分は相対的に限定的であると考えられます。したがって、本質的な問題は、業務の中で熟練能力が求められる場面、すなわち既に獲得された形式知(例えば、習得済みの技術や手順)だけでは対処が困難な不確実性が、どこに潜在しているのかを見極める点にあります。

 働く人は、語り尽くすことのできない多くの暗黙知を基盤として、身体的能力および知的能力が幾層にも積み重なることで、技能やスキルと呼ばれる卓越した能力を形成しています。この二つの能力を完全に区分して考える議論も有りますが、相互が補完的に関係していると考えるほうが良いと思います。例えば、自動車の仕組みを熟知したレーサーのギアチェンジやコーナリング能力、豊富な医療知識に裏付けされた外科医の執刀能力がそれにあたります。

2. 仕事の技能を探る

では、このような技能の問題について、具体的な事例をもとに、経営管理上でのヒントを探してみます。ここでは、飲食企業の一例として寿司店を想定します。例えば、比較的高価格帯の店舗においては、板前の大将が季節に応じた旬の魚を見極め、自在に調理を行います。大将は河岸の仲卸から、その日ごとに状態の良いアジやタイなどを仕入れ、魚の各部位に応じた適切な加工を施します。さらに、顧客の要望や年齢層に応じて、包丁の入れ方や提供方法を柔軟に調整していきます。

ここで重要なのは、扱われる魚という素材が多様な不確実性を内包している点です。まず、同日に仕入れた魚であっても、個体ごとに肉質には差異が存在します。加えて、オスとメスの違いや、産卵期の前後といった条件によっても、その状態は変化します。このように、魚という素材の「個体差による不確実性」の存在が鍵です。さらに、同一個体の中にも、「部位による不確実性」も存在します。したがって、調理においては、これら複数の不確実性を同時に考慮する必要があります。魚という素材の豊富な知識と、包丁さばきという身体的能力をもった大将は、こうした不確実性を前提として、通常のにぎり寿司に加え、炙りや漬けといった多様な調理技法を使い分け、素材の状態に応じて最適な価値創出を行っています。すなわち、不確実性を単なる制約としてではなく、むしろ価値創出の源泉として活用している点に特徴があります。このことは、顧客が「おまかせ」で注文する際に生じる期待や楽しみとも密接に関係しています。

一方で、調理現場である板場には、高度な計測機器が導入されているわけではありません。そのため、魚の肉質や状態の判断は、大将の五感に依拠して行われます。確かに、肉質の色や表面状態といった一部の情報は、ある程度形式知として共有され得ます。しかし、その多くは豊富な知識に裏付けされた視覚や触覚といった身体的能力が支える暗黙知として蓄積され、暗黙知こそが大将(熟練者)の技能を支える中核能力となっています。

3. 仕事のシステム化

一方で、家族で気軽に利用できる回転寿司においても、その味の水準は相当に高いといえます。例えば、家族で注文した寿司の中で、一品だけ色味や肉質が明らかに異なるといった経験はありません。また、持ち帰りで同一のにぎりを多数注文した場合であっても、外観や品質にばらつきを感じることもありません。

このような品質の均質性は、例えば、寿司ロボットなどを多用している店舗では、ロボットに投入される素材は均質である方が品質は高まります。その均質性を担保する工夫の一つがセントラルキッチンの活用で、IT技術を活用した機械化や品質管理が店舗における大量生産を支えます。その結果、素材に内在していた不確実性は、店舗に到達する前段階(セントラルキッチン)に移転されたといえます。

すなわち、回転寿司のビジネスモデルにおいては、店舗側ではなく素材供給側において「素材の不確実性」を処理するように、業務プロセスが再設計されています。魚商社や加工拠点では、回転寿司向けのみならず、スーパーマーケットや給食事業者向けの供給も想定しながら、部位ごとの特性(頭部・尾部、背身・腹身など)に応じた分類・加工が行われます。加工工場では、高度な魚加工装置やセンサー技術等を活用することで、素材の豊富な知識と「大将の身体的技能」がデジタルに可視化され、暗黙知と呼んでいた部分が形式知化している点も重要です。業務プロセス再設計と機械化・デジタル適用が、技能や暗黙知と呼ばれる不確実性を減少させ、高い水準の価値供給が可能となっています。

このように、寿司という製品提供プロセスを細分化し、分業を徹底することで、不確実性は単純化された個々の工程へと分散されます。そのうえで、最新機械と組み合わせることにより、従来は熟練技能に依拠していた不確実性の処理を、より安定的かつ再現性の高い形で実現しているといえます。

4. デジタル化と技能

以上の議論から、工場の生産労働に内在する不確実性のうち、身体的技能(例えば五感)に依存していた部分については、分業と標準化を推進し、さらに機械技術を導入することで、大幅に縮小することが可能と考えられます。知的情報の部分は、デジタル技術による可視化が有効です。そして双方の出発点は、業務を可能な限り細分化し、適切に分業することをベースにした業務プロセスの再設計です。この点において、フレデリック・テイラーの提唱した科学的管理法の基本原理※1が、現代においてもなお有効であることが示唆されます。

今回は、働く人の技能の中でも、工場の生産労働に着目して考察してきました。熟練者の身体に埋め込まれた能力は、その多くが可視化困難であり、力量マネジメントの直接的な対象とするには限界があります。この点において、もし分業の概念を適用できるのであれば、不確実性処理の一部を構造的に切り分けることが可能となり、一定の解決の糸口が見出されると考えられます。

実際、大量生産の歴史は、分業と標準化を通じて不確実性を排除し、再現性を高めてきた過程として理解することができます。すなわち、熟練者の身体技能に依拠していた作業を工程ごとに分解し、標準化と機械化を進めることで、安定した品質と高い生産性を実現してきたといえます。現在の日本の製造現場においては、身体的技能の適用領域が徐々に限定されつつある一方で、その価値が再定義されつつある局面にあります。単純に「技能を捨てる」か「維持する」かという二項対立ではなく、技能の活用領域を戦略的に選択し、適切に位置づけていく視点が求められているのではないでしょうか。そして、管理される能力(力量)の粒度は細かくなり、一般性の高い能力から専門性が高い領域へと階層化した把握が必要です。その為にも、経営管理の新たなデジタル活用を模索すべきです。

  1. ※1フレデリック・テイラーの科学的管理法は、作業を時間や動作で科学的に分析し、分業によって作業を細分化するとともに、最も効率的な方法を標準化することで生産性向上を図る考え方です。労働者を適材適所に配置し教育訓練をおこない、管理者は計画・指示、労働者は実行を担う役割分担により、組織全体の効率化を実現します。

【参考文献】
Polanyi, Michael(1966)The Tacit Dimension, London: Routledge & Kegan Paul Ltd.(高橋 勇夫 翻訳(2003)『暗黙知の次元』ちくま学芸文庫。)
生田久美子(1987)『「わざ」から知る』東京大学出版会。
テイラー,F.W.(2009)『新訳 科学的管理法―マネジメントの原点』有賀裕子訳,ダイヤモンド社。

岡山商科大学経営学部教授 國學院大學経済学部兼任講師 門脇一彦 氏

門脇一彦 氏
岡山商科大学経営学部教授
國學院大學経済学部兼任講師

1959年大阪市生まれ。神戸大学経営学研究科博士後期課程、博士(経営学)。ダイキン工業株式会社で空調機開発及び業務改革を実践後、2015年より電子システム事業部でITコンサルタントを担い現在に至る。2021年より現職。経営戦略、技術管理、IT活用、医療サービスマネジメントなどを研究。

 

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