温室効果ガスの排出を全体としてゼロにする取り組み(=カーボンニュートラル)が全世界で実施されています。日本においても2050年までにカーボンニュートラルの実現を目指すことを政府が宣言しており、温暖化ガスの削減、回収、再利用を目的とした数々の政策を打ち出しています。そんな情勢の中、多くの企業でも脱炭素へ向けた取り組みが加速し、研究機関では非常に重要度の高い研究テーマとしてCO2の有効利用の研究が盛んに行われています。CO2の有効活用における、実験では実証することが難しい課題に対して、分子シミュレーションを使うことで新たな反応経路の可能性を導きだした事例をご紹介します。
分子シミュレーションソフトMaterials Studioを利用して、新規化合物の新しい生成方法(過程)を予測した事例をご紹介します。この研究では、様々な使用用途があるPGME(propylene glycol monomethyl ether)という原料をCO2から生成する方法を探索しました。そして、DFT計算と実験結果を組み合わせてCO2からPGMEへの合成経路の一つの可能性を提唱しました。
さらに、反応中の水素の役割や、PGMEの生成につながるC-Cカップリング形成のための2つの触媒金属(RuとIr)の役割を明らかにしました。
詳細は下記をご覧ください。
A. Chatterjee et al., Catal. Sci. Technol., 2021,11, 4719-4731
プロフィール
ダッソー・システムズ株式会社
BIOVIA Industry Process Consultant
Senior Manager
Abihijit Chatterjee 氏
1992年、インドのBurdwan大学でPh.D.(物理分析化学)を取得。
カリフォルニア大学サンタバーバラ校およびCNRSモンプリエ校でのポスドク研究を経て、インドのプネにある国立化学研究所に入社。
その後、1995年に東北大学客員准教授として来日し、2004年まで独立行政法人産業技術総合研究所(AIST)の主任研究員を務めた後、ダッソー・システムズに入社。
現在は、アジア太平洋地域の技術チームのシニア・マネージャーとして、グローバルな役割を担っている。
ピアレビュー誌に125本の研究論文を発表し、書籍では数章を執筆。
また、政府のプロジェクトに参加したほか、さまざまな民間企業のプロジェクトリーダーとして、科学的知見に基づいたエンタープライズプラットフォームを用いて、マルチスケールモデリングやデータサイエンスと組み合わせた新しい機能性材料の開発に取り組んでいる。
著書紹介
1Structure Property Correlations for Nanoporous Materials (Hardcover – Illustrated, May 17, 2010)
Chatterjee氏によるナノポーラス材料に関する著書です。本書ではナノポーラス材料の概要と、従来の理論的・実験的研究の課題を解説しています。また、密度汎関数理論(DFT)など分子シミュレーションの解説を加えながら、実験とシミュレーションを組み合わせて理論的な解析をすることの意義を伝えています。
PGME(propylene glycol monomethyl ether)はカーボンニュートラルの実現に向けてその活用が期待されている原料です。
PGMEは半導体製造時の溶媒、燃料添加剤、塗料のコンポーネント剤など、幅広い用途に利用されます。
従来は石油由来の酸化プロピレンから年間数百万トン規模で生産されているPGMEですが、CO2と水素から生成するにはハードルの高い化合物です。
本研究は分子シミュレーションを用いて、PGMEをより容易に生成できる反応経路を明らかにしました。
この便利な原料をCO2起点で生成する方法が実験的にも確立されれば、CO2活用、ひいてはカーボンニュートラルの実現へと繋がることが期待されています。
Chatterjee 氏:まず、CO2から社会的に有用な原料を作り、CO2の有効活用がしたいと考えていました。
CO2に含まれる炭素の数は1つだけですが、C-Cカップリングによって分子中の炭素を増やし、かつ、作成できる可能性のある有用な原料を探していたところ、PGMEに辿りつきました。
PGMEは使用用途が多岐にわたる原料のため、もしCO2からPGMEを作成することができればインパクトが非常に大きいと考え、本研究ではCO2からPGMEを生成する反応経路の解明に取り組みました。
PGMEのような生成メカニズムの複雑な分子では、生成までの反応経路やその詳細な様子を調べるには多くの障壁があります。原料や反応に使用する触媒、添加する水素の濃度、さらには吸着の角度といった様々な条件が関係するため、これら条件を整え、実験によって反応の様子を解明することが困難であることは想像に難くありません。この困難は多くの研究者を悩ませてきました。
そこで、分子シミュレーションソフトMaterials Studioを用いて、合成経路中の化学反応に必要なエネルギーを計算科学的にシミュレーションすることにより、実験では調べることが難しい反応過程の詳細を「計算する」ことができるようになります。この研究では、ルテニウムやイリジウムといった金属を触媒として、CO2と水素からどのような反応経路でPGMEが生成されるか、また生成に必要なエネルギーを明らかにしました。
Visualizer GUI、構造モデルの表示編集を行うコアモジュール
Adsorption Locator 広範な材料において最安定吸着サイトを発見
DMol3 密度汎関数理論(DFT)に基づく量子力学プログラム
FlexTS 化学反応プロセスのシミュレーション・遷移状態探
Chatterjee 氏:初めからルテニウム、イリジウムが触媒として有効であったと分かっていたわけではなく、触媒や化合物の有効な組み合わせを70~80原子の中から探す必要があり、非常に大変でした。
また、可能性のある組み合わせが非常に多いため、Materials Studio の DMol3+FlexTS モジュールを用いた遷移状態探索だけでは膨大な時間がかかることが予想されました。そこで、Adsorption Locator モジュールも使用し、エネルギー的に反応が進みそうな物質の絞り込みを予め行っておき、計算時間の短縮を図りました。
原料や触媒、水素の濃度といった条件の組み合わせと、PGMEまでの反応経路との関連性をシミュレーションで明らかにすることができました。このシミュレーションの結果を実験でも確かめることが出来れば、実用化への一歩を踏み出すことができます。
また、ルテニウムやイリジウムは非常に高価な金属ですので、より安価な金属を触媒としてPGMEを効率的に作れないか、といった発展的な研究も期待されています。
Nakaya, Kitagawa, Watanabe, Teramoto, Era, Nakano, Onoe
Mori, Matsuo, Yamashita
Mori, Matsuo, Kondo, Hata, Yamashita
Wang, Pham, Tian, Morikawa, Yan
Hashimoto, Mori, Asahara, Shibata, Jida, Kuwahara, Yamashita
Mori, Hashimoto, Kamiuchi, Yoshida, Kobayashi, Yamashita
Masuda, Mori, Kuwahara, Louis, Yamashita
Mori, Konishi, Yamashita
Hiraide, Sakanaka, Kajiro, Kawaguchi, Miyahara, Tanaka
Hinuma, Kamachi, Hamamoto, Takao, Toyao, Shimizu
Liu, Zhang, Matsushima, Hojo, Einaga
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